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  1. 音ゲーの曲は日本独自進化の音楽だ

    • patersan: ボカロ曲を聴き続けてて思うが音符が詰まってる感じの曲って多いんだな。単純に速い曲にせよ、BPMの低い曲でも譜割りで16分の歌詞ががーっと続くのとか。なにか、現代日本的かも。情報がぎゅっと詰まってる感。 [http://twitter.com/patersan/status/14165537368]
    • patersan: ポップンや弐寺といった音ゲーの曲は難易度のために非常に面白い譜割りの旋律とかリズムがある。あの不思議な進化が素晴らしいと思う。音ゲーの曲は日本独自進化の音楽だ。音ゲーにしかないジャンルもあるし。 [http://twitter.com/patersan/status/14165801310]
    • patersan: つか弐寺なかったらスピードコアがこんなに知名度もつことはなかったと思う。かつては日本中で30人聴いてたら多い方くらいの音楽だったんだから。 [http://twitter.com/patersan/status/14165918066]
    • patersan: ナードコアのオールドスクールとJ-COREを分ける分水嶺にはビーマニの存在が絶対あるよね。BMS出身のクリエーターはかなりの数いるし、同人音楽を始める切っ掛けとしてすごく影響でかかったんだろうな。俺はまったくやったことないからどのようにそれが発生したのかわからないんだ。 [http://twitter.com/patersan/status/14166928158]
    • patersan: あと、同人音楽のCDの裏ジャケの「曲名の横にジャンル名も書いている」というスタイルも日本独自かつ音ゲー以降の特徴だね。一人のクリエイターが様々なジャンルを名義使い分けもなしにやってしまう。海外からみたらきっと不思議だと思う。 [http://twitter.com/patersan/status/14167105198]
    • patersan: 作る以前にリスナーであった時点で大量の「ジャンル」「カテゴリ」を浴びて育ってきたクリエイターだから、作るときも脳内に大量のチャンクができあがってるわけだ。 [http://twitter.com/patersan/status/14167351575]
    • patersan: オールドスクールが90年代テクノの洗礼を受けてきたようにJ-COREの層は音ゲーの戦場をくぐり抜けてきた。じゃあネットレーベル系のニュースクーラーは?この辺は話をじっくり聞いてみないとわからないな。予想としては「ネットを通じた雑多な大量の情報の嵐に身を晒してきた」感じか? [http://twitter.com/patersan/status/14167674158]
    • patersan: もはや影響源を「音楽」だけに限定できなそうな連中が今のナードコアニュースクーラーかな、という予感。いや、俺らも別にそうではないってのは犬死にがやってきたことや政所さんがたどった道筋見てればわかるだろうけどさw [http://twitter.com/patersan/status/14167863832]
    • patersan: No.305みたいにおもいっきしぶっ壊れてる奴がいるのが頼もしいし、4Cの猥雑さはある意味オールドスクール底辺の直系とさえ思える。そして、PCで音作りしててもやっぱりローファイになる奴はいるんだという面白さwww [http://twitter.com/patersan/status/14168208841]
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    • これこれ、私もめっちゃ同意しているのです!
    • 00年代前後の「なんちゃってクラブミュージック」的爆発的流行、数多くのBMS作家(同人音楽家・現ボカロ作曲者等等)の存在。
    • ゲーム性の追究による楽曲のメロディアスさやジャンル横断、独自のBPM変化・文化。
    • ムービークリップ、楽曲のキャラクター化という概念。
    • 譜面と楽曲と映像のシンクロ、そして身体へのシンクロ。
    • BEMANIを中心とした音楽シュミレーションゲームの、日本の音楽シーンへの影響は偉大。
    • そして世界から見ると特殊な生態系をしているのだ。
    • -藤城嘘
  2. われわれがインターネットを非常に低コストで使えるのは、インターネットの開発者たちが誰一人として

    特許を申請していないからなのです。

  3. NTTの人員構成をご覧になった方なら誰でも驚かれたと思うのですが、現在52歳から60歳のお歳の方の比率は、NTTの全人員の50%近くにも及んでいると思われます。
  4. 私は10年前から「ネット上に公開した情報は公共物」という方針を貫いている。
    コピーフリー、盗用フリーである。
    繰り返し言うように、私がネット上に公開したテクストはどなたがどのような仕方で使われてもご自由である。
    私の書いたことをそのまま「自分の書いたもの」だと主張して、単行本にされても構わない。
    私は「私のような考え方をする人」を一人でも増やしたくて、ネットを利用しているわけであるから、私の意見を「まるで自分の意見のようである」と思ってくれる人がいることは歓迎しこそすれ、非難するいわれはない。
    私が書いていないことを「ウチダタツル」という名前で勝手に発表されるのは困るが、私が書いていることを別人の名前で発表することについては「どうぞご自由に」である。
    ほんとに。